Rinコラム 『まちがえることと、学ぶこと』

『まちがえることと、学ぶこと』2019年5月

 まちがいに気づくこと抜きには、学びは始まりません。まちがえることと学ぶことは、深くつながったひとつのプロセス。だからこそ、子どもたちが何かをまちがったり、失敗したりしたら、「どうしたらできるようになるだろう?」と、未来に向かっていっしょに考えられれば、可能性は無限に開きます。

 反対に、「なんでまちがっちゃったの?」と過去に向かって問い詰めてしまうと、「まちがえることはいけないことだ」「まちがえることは自分の価値を損ねることだ」という印象を持ってしまいます。次第に子どもたちは、自分をありのままに表現しなくなります。不安感からまちがえることを隠してしまう子は、未来に向かっていけなくなるのです。

 大切なのは、もし失敗したり、まちがったりしても、いつでもそこから「学ぶことができる」ということ。社会は今のままではありませんし、よい意味で変わっていきます。社会がどのように変化していっても、自分への信頼を失わずに生きていけるかどうか。

 「たくさんまちがったから、頭がよくなるね」と私たちが教室で子どもたちに言うとき、それは「そこから学びがたくさんあるし、そこからどうするか、そのプロセスが、人生では大事だよ」という哲学を伝えているのです。

 一人の子どもを育てようと思ったら、新しいことの連続です。子どもを前にすると、何をどうしたらいいか、ちっとも正解がありません。その瞬間、どんな判断をして、どんな行動をとるか、予期しないことがどんどん起こります。

 私たち大人こそが、「失敗もまちがいもおおいにけっこう。うまくいかなくてもくじける必要なんてないよ。そこからどうするか考えられたら、よりよい未来を自分で創れるのだから」そのような態度を見せ続けてあげることが、必要なのかもしれません。

 幼児期の子どもたちは、過去を振り返って反省するのは苦手ですが、未来を見ることは大好きです。そして経験は、その経験をした人だけのものなのです。

 子どもたちが、たくさんまちがいをして、そこから学んでいけますように。

井岡 由実(Rin)