花まる教室長コラム『対峙』樫本衣里 2020年5月

『対峙』

「あ!やられる!」
今年のサマースクール「サムライの国」にて。サムライ合戦では、スポンジでできた刀を一人一本持ち、闘う。守るのは自分の「命」の代わりとなる、紙風船。太ももの上部に付け、それが破れたら、戦いの陣地から抜けなければならない。そして勝敗のカギを握るのが、自分の軍の大将。大将の「命」である紙風船が割られた時点で、その軍の負けは決定してしまう。よって、自分の命と自軍の大将を守りつつ、相手の軍や大将を狙いに行く、というチームワークも試される。
 
 最初の対戦前に説明があった。基本的なルールに加え、相手の腰より上は狙ってはいけないということ、そして相手が刀を落としたときに、どうするか。それは自分でその場で考えて、決めて良い、ということも伝えられた。もちろん安全のために、 「こうすべき」という最小限のルールは決まっているが、それ以外は、その瞬間その瞬間で、子どもたちが判断し、行動する。それは「正しい、正しくない」ではない。自分が「どうするか」 「どうありたいか」を問うものでもあった。
 
「合戦、はじめ!」
「わぁ~!」
 子どもたちの雄たけびが、合戦場に響き渡る。最初は相手の攻撃から逃げようと腰が引けていた子どもたちも、いざ戦いが始まると、自分の身を守るために、目の前に来た相手に挑むことに向き合わざるをえなくなる。そして、一人、また一人…と「命」を割られ、肩を落として合戦場から出ていく。次第に人数が減っていくと、子どもたちはあることに気がつく。
「守っているだけでは勝てない」
「勝つためには、誰かが動くしかない」
そして、そこから自分がどうありたいか考え、一歩を踏み出す。

 戦いも中盤に差し掛かると、どの軍も「守り」に入り、動きが停滞してくる。そのとき、ある男の子が、相手の軍にパッと踏み込んだ。2 年生のRだ。持ち前の脚力と俊敏さで、これまでの合戦でも、多くの相手を倒していた。 「自分が相手の陣に切り込もう!」そう考えたのだろう。
 相手の陣地には大将を守る子どもたちが10名ほどいた。そこへ一人で飛び込む。相手チームはそんなRの「命」の風船を何とか割ろうと、総がかりでRを狙う。が、Rの勢いは止まらず、身のこなしも素早く、1対10でも良い戦いを見せていた。2,3分はそんな状態が続いていただろう。
「あ!」
 そのとき、Rがなんと自分の刀を落としたのだ。敵軍がどうするか、と見ていると、Rを取り囲み、総攻撃を始めた。さすがのRも刀がなければ反撃ができない。 「あ!やられる!」と思った瞬間、Rの風船は大きく割られてしまった。
 一気に力が抜けるR。そして 「刀を落としたのに…卑怯だ…」と肩を震わせ、静かに涙を流して相手の陣地を後にした。結局その対決では、Rの軍が涙をのんだ。

 次の対戦、 「絶対に勝つ!」とRをはじめ、皆、意気込んでいた。そしていよいよ合戦スタート。今までの合戦の反省から、どの軍も自分たちの作戦を考え、実行していた。Rも悔しさをバネに、 「次こそは!」と気持ちを立て直し、決戦に臨む。Rは今回も「攻め」の役割を担っていた。相手の動きを読み、 隙を狙い、 周りから切り込む。何人もの子どもたちの紙風船をどんどん割っていく。そして、Rよりも一回り体が大きい男の子と一騎打ちになった。相手とは互角の戦いだ。そのとき、相手の子が刀を落とした。人数の違いはあるけれど、 先ほどと同じ状況。Rはいったいどうするか。
 Rは、相手が刀を落とした瞬間、一瞬踏み込もうとした。が、踏みとどまって、刀を下ろした。そして相手が刀を拾うのを待ち、手にしたことを確認してからまた攻撃を始めた。自分は同じ状況で、 「命」を落としてしまいとても悔しい思いをした。しかし、同じ状況で、Rは相手を「待つ」という選択をした。
 
 自分がそのとき、何をとるか、何を大切にするか。大切にしたいか。自分の心と向き合い、行動に移す。
 一言では言い表せない、しかし、心の中にじんわり温かいものが残る戦いだった。
 
花まる学習会 樫本 衣里