花まる教室長コラム 『「なかなか」のウラガワ』樫本衣里

『「なかなか」のウラガワ』2024年3月

 年長コースでは、毎回の授業で「文字」の学習をおこなっています。その日のテーマは「や・ゆ・よ」。テキストには「やかん」「ゆうひ」「よそう」という言葉が並んでいます。みんなで声に出して読んだあとに、子どもたちにクイズを出しました。
「『やかん』は何をする道具でしょう?」
「はい! はい! はい! お茶をつくるときに使う!」
「ようちえんでも、やかんにお茶が入ってる!」
「そうそう! お湯やお茶を沸かすときに使うよね。それじゃあ、『ゆうひ』って見たことある?」
そう問いかけると、いままで手を挙げていなかったAちゃんが「うん」と頷きました。ですが、
「Aちゃんが見た『ゆうひ』ってどんな色だった?」
と声をかけても、なかなか言葉が出てきません。Aちゃんは少し慎重派。特に言葉のページでは、これまでも発言は控えめでした。
「……」
無言が続きます。(いまはまだ、発言するのはちょっと難しいかな。先に進めようかな)と思っていたそのとき、Aちゃんが口を開きました。
「……えっと…ね、前ね、みんなで夕方の6時くらいに公園で遊んでいてね、ちょっと暗くなってきて帰ろうかな~って思って空を見たら、空がピンク色になっていてきれいだった」
「わ~! きれいな夕日を見たんだね」と返すと、「うん」とAちゃん。「ゆうひ」という3文字の言葉から、あの日のあの美しい「ゆうひ」が、Aちゃんの心のなかに広がっていたのでしょう。

 別の日の、同じく年長の授業にて。
 その日の思考実験は「折って切って開く」というテーマでした。折り紙を折って、指定の形で切って開くと、どんな形ができるか予想しながら実験を進めていきます。一通りの説明が終わり「さぁ、やってみよう!」と一枚ずつ折り紙を渡して実験スタート。子どもたちは折り紙の角と角が合うように、目も心も一点に全集中です。1つ目は、切り開くと桜の花びらのような形になる課題でした。
 丁寧に切り進め、完成した形をじっくり見つめていたBちゃん。
「かわいいお花みたいな形だね。次は自分で好きな色の折り紙を選んできていいよ」と伝えました。すると、折り紙が置いてある場所に、ずんずん向かっていきます。色とりどりの折り紙を前に、どの色にするかなかなか決まりません。しばらくたって自分の席に戻ってきたBちゃんの手には、折り紙が一枚もありません。(どうしたのかな、決まらなかったのかな)と思い、「Bちゃん、好きな色がなかった?」…と尋ねようとしたそのとき、Bちゃんの視線の先にテキストの次の課題があることに気がつきました。
 次の課題は、先ほどの桜のような形の真ん中に穴があくような形。それを確かめて、Bちゃんはまた折り紙が置いてある場所に行き、次はピンク色の折り紙を手にしっかりと持って戻ってきました。
「Bちゃん、ピンク色を選んだんだね」と伝えると、「うん、ピンクのお花にする!」と一言。Bちゃんは何色にするか決められなかったのではなく、次の課題でどのような形が完成するかイメージし、それにぴったり合うような色の折り紙を探しに行っていたのです。ただ決められない、のではなくそこには明確なBちゃんの意思がありました。

 AちゃんもBちゃんも、なかなか「思いつかない」「発表できない」「決められない」ように見えました。「ほかに発表できる人いるかな?」「この色にしたら?」と、場合によっては私が急かしたり、思いめぐらしている時間を奪ってしまったりしていたかもしれません。ですが、二人ともその裏側では心や頭がしっかり動いていました。
 「なかなか(動かない)」、そんな様子のときでも、そのウラガワで子どもたちの何が、どう動いているのか、心の目をしっかりと子どもたちと一緒に動かし、見つめることができる、そんな教室長でありたいと思います。

花まる学習会 樫本衣里