高濱コラム 2008年 12月号

少々昔の話です。ある教室にいくと、一年生の女の子Mちゃんが目に付きました。勉強がいやそうで、独特の陰があるのです。終了後は、私の靴を隠したり、いたずらがちょっと過ぎるところもありましたが、要するにかかわりを求めているんだなと感じたので、鬼ごっこをやって一緒に遊びました。教室の責任者に「あの子は、何か事情を抱えているの?」と聞くと、やはり、もともと母子家庭であったのに、お母さんが逃げ出してしまって、おじいちゃんおばあちゃんと 暮らしているとのことでした。

ところが、二年生になった春に久しぶりに行くと、とても明るい表情に変わっていました。丁寧に編みこまれた髪、来ている服の洗濯や着こなしなど行き届いた感じ。これはと感じて聞くと、やっぱりお母さんが帰ってきたということでした。元々エネルギーの強い子だなとは思っていたのですが、それが正の方向に輝き出している感じでした。

三年生の秋。私がなぞペーの授業をして、「誰か、こうなる理由を説明できる人」と聞くとMちゃんは、さっと手を挙げて前に 出てきて、それはそれは見事な論理的に詰まった説明をできました。ああ、勉強ができる自分に気づいて、自信をもってきたんだなあと思いました。その三年間を見て、つくづく、お母さんがただいてくれるだけで、こんなにも子どもの状態は違ってくるんだなあと感じたことでした。

話は変わって、この夏、類似した経験をしました。サマースクールで沖縄子ども冒険島のコースに参加した中に、男の子の兄弟がいました。そろって小太りで、やさしい性格なのですが、リーダーシップをとるというタイプではなく、口数も少なく、初日・二日めと、まわりとの交流も消 極的でした。

ところが、理由は未だにわかりませんが、宮古島の中で、何故か彼ら兄弟が、やけに特別に可愛がられるのです。旅館のお手伝いの女性・マンゴー畑のおじさん・道行く人たち・・・。他の子どもに話しかける笑顔とは、レベルの違う満面の笑みとでもいう表情で、子どもたちの群れの中で、まっさきにその兄弟のところに歩み寄って、なでたり話しかけたりしてくるのです。この島には、そういう体型の兄弟の神の伝説でもあるのかなと、まじめにスタッフで話し合ったくらい、はっきりした可愛がられ方でした。

すると、3日目の夕食には、「僕、今日『ごちそうさま』言うよ!」と、大声を出している二人がいました。実は、その二人のさらにお兄ちゃんもよく知っているのですが、3兄弟を預かって初めての積極的な表現に、本当にビックリしました。その自信に満ちた二人の表情は、旅の最後まで一貫していました。

ごく普通のかかわりや、なんだか可愛そうだからと配慮された声かけでは、決してあの変身はなかったでしょう。心底から、君こそ一番可愛い!と思っている大人たちのまなざしや態度に接し続けることが、二人の心に劇的な変化をもたらしたのです。

2つのケースともに、子どもにとって、愛情こそが最も重要であることを教えてくれます。たまたまチラリと目にした番組で、気鋭の脳科学者が「一番尊い報酬は、愛」と言っていましたが、彼らの変化を見ていると、確かに、お金も土地もダイヤも株券も全く比べ物にならない。子ども たちは、ただ、かまってもらうこと、気にかけてもらうこと、可愛がってもらうことこそを求めています。

そして、それは根本的に大人も同じでしょう。新しい年。家族がお互いのことを思いやり気遣い、子どもたちみんなが、愛されている実感に満ちていられますように。