高濱コラム 2010年 2月号

T市での講演は久しぶりでした。会場で待っていると、なつかしいお母さんがたくさんいらっしゃいました。その町での花まる立ち上げのころに入会してくださった方々です。その中の一人は、メロンパンの少年S君のお母さん。彼が3年生のサマースクールで熱発し病院へ連れて行った車中でのこと。普段教えている女性講師もいて、彼女が「S君の作るメロンパンおいしいんだよね」と言ったので、私も彼をただ元気づけるために「わあ、いいな食べたいな」と応えました。すると彼は律義に覚えていてくれて、冬に説明会で訪れたら、お母さんが「息子からです」と持ってきてくださったのでした。

あれから4年もたつのに、そのお母さんが、またも「ハイ」と、手作りパンを持ってきてくれました。小さいエピソードですが、良い思い出として大切にしてくださっていたことが伝わり、感激しました。

もう一人は、Mちゃんのお母さん。Mちゃんは、7年前に急死したのです。会員が亡くなったのは、あとにも先にも一度だけですが、葬儀でのお母さんの悲痛な姿は、今でも忘れられません。プッツリと音信が途絶えてしまい、ずっと気になっていたのですが、そのお母さんが現れたのです。驚きました。お母さんは、丁寧なあいさつのあと、「実は、Mの将来の夢だったエステティシャンに、私がなったんです。お店も開いたので、報告にきました」とおっしゃいました。

7年間Mちゃんを胸に抱き続けた母心への想い、前向きに生きようとがんばっておられることへの敬意、そして何よりこうやってわざわざ報告に足を運ぶくらいに、花まるを忘れずにいてくださった事実への感動…、それらがこもごもあふれました。

そして、厳しい世の中で会社として17年間も生き残ることができたのは、こういう絆でつながったお母さん一人ひとりに、支えられてきたからだなあと、あらためて感謝の思いがわき起こりました。

さてその日から間もなく、便箋3枚にビッシリ書かれた一通の手紙をいただきました。横浜のY君K君のお母さんからです。春に、遠く離れたK市に転勤になることや、花まるへの感謝の言葉が書かれ、「どうしてもお礼を言いたいエピソードがあります」と書かれていました。

「私事ですが、ちょうど一年前に私の父が頸動脈がつまり倒れました。弟の結婚式を二週間後に控えた時でした。急遽帰省し、チューブだらけの父を見て愕然としました。」と始まり、命だけはとりとめ意識はあるらしいけれど表情もことばもなかったこと、たまたま作文コンテストでY君が学年優秀賞をとったこと、結婚式は予定通り行い翌日病院にお見舞いに行ったこと、Y君がおじいちゃんにコンテストの作文集を見せ、一生懸命読んで聞かせたことが書かれ、続けてこうありました。

「すると、それまで全く表情のなかった父が、顔をぐしゃっと崩し泣き顔になりました。そしてびっくりすることに、たどたどしくですが『Y…K…』と子どもたちの名前を呼んだのです。みんなが驚き、感動しました。今もまだ麻痺はかなり残っていますが、あの時から急激に回復したような気がします。あのタイミングで作文集をいただいたこと、Yの作文が載ったこと、内容も父の事だったこと、全てが偶然ですが我が家にとってはすばらしい偶然でした。ほんとうにありがとうございました。」

事実も驚きですが、こうやって手紙で伝えてくださった根っこに、深い信頼を感じて、何よりもそのことをありがたく感じました。またひとつ強い絆ができました。