高濱コラム 『愛情の絆』

『愛情の絆』2014年2月

 何事も経験と思い、外国の本の監訳をしています。内容はバツイチ子持ち同士の結婚で二児(一人はダウン症)を儲けた母が、混乱の中からふとマキャベリの「君主論」を手にとり、彼の思想を子育てに活かしてうまくいったという話です。母になるということは、日々不安になるということだとも感じるこの頃ですが、まさにアメリカの優秀な母も同じなのだなと分かりました。そんな不安の日々には何かしら頼れる軸が必要で、彼女にとってはマキャベリがその役を果たしたのです。

 中身は「親は、子どもが自発的に行動するのを待ち、そのときにおしみなく褒めてやる気をおこさせるべき」「子どもにものを与えれば与えるほど、子どもはより多くを期待し感謝しなくなる」「たとえ夫婦であっても、困難なときに助けてくれない相手に協力しようと思わない」というような、当然の帰結に収束しているのですが、私にとっては30年ぶりに触れる「君主論」の引用が、新鮮で輝きを感じました。
その中に「最強の要塞は、人々の愛情である」というのがあり、膝を打ちました。君主が国を統治するための箴言ですが、家族でも会社でも全くその通りだなと。愛や信頼を得られる「行動」をとることが、優秀さを見せつけるよりも、生き抜く上では何倍も重要だと、メシが食えている大人ならみんな知っています。日ごろ信頼や愛を培い積み上げておけば、窮地にあっても助けてもらえるし、生き延びることができる。他人が嫌がること(トイレ掃除など)を引き受けたり、挨拶を欠かさないことなどは、まさしくそういう行動でしょう。「歳をとって本を見直すと、改めて面白い」という典型例になりました。
さて、一人の3年生Y君が退会しました。中学受験を目指すにあたって、花まるグループの進学塾スクールFCではなく、他塾を選んだのです。直轄の私の教室で、大物感あふれる一方で、こんな暴れ馬私以外誰が育てられるだろうという子でもあり、手をかけていたので、衝撃でした。「これだけ可愛がったのに…」「トップ校合格者数÷その塾の受験生数を比べてほしい。実績はうちが上でしょう。しかもその先こそを真剣に考えているのに…」と思っても時すでに遅し。敗北です。

 もちろん、他塾だって生き抜くために本当に必死にがんばっていることは知っているし、尊敬もしています。しかし、負ける気が全くしないくらいスクールFCの中身には自信があります。「学習法」「意識改革」「思考力育成」という長年深めてきた柱とその実効性は、「あと伸び」という点で、これからの進学塾の手本たりうると思っているし、業界の重鎮の一人からは「梁山泊にしか見えない」と言われるくらい、若い才能が集結してきています。ただ足りないのはブランドということでしょう。花まる学習会だって、ずっと同じことをやってきましたが、ある時から急激にメディアに扱われ、多くの方に知っていただけるようになりました。スクールFCは、まだまだ地道に信頼を積み重ねるべきときということでしょう。

 ところでY君から、最後の授業の日に手紙をもらいました。ついさっきまで「お別れ戦いごっこ」で憎まれ口を叩いていたのに、恥ずかしそうに「僕が帰ってから見てね」と。封筒には住所のところに「たかはま先生県これから市がんばって区ください町8-34-1たかはま先生」とあります。数字の下には→とともに「やさしい」と書いてある。中はというと「今まで色々おせわになりました。先生といっしょに遊べないなんて、とてもむねがちくちくします。先生は、ぜったいに世界にHanamaruとじゅくを出したら、ぜったいに有名になれます。先生は全国いや世界に夢ときぼうをあたえる世界一の先生なんだから、くじけないで。しっかり今のせいとさんに夢ときぼうそして勉強の楽しさと花まるの先生の楽しさと花まるのすごさ!それを教えたら、もう先生は、なにもする事はありません。そしてせいとさんみんなが、先生のすごさを有名にしてくれます。ぼくは、これからしっかり勉強をして、中学、高校、大学受験をうかり、先生の後をうけつぐいきおいで勉強していきます。だから先生の本当の夢をかなえてください。先生は、とても楽しく、やさしく、おもしろい先生です。(後略)」とありました。

 僕がいなくなったら先生哀しいでしょうけどくじけないでという、思いやりが可愛いし、心から好いてくれていたのが、ビンビン伝わってきます。こんな一通をもらえれば悔いなし、というくらいの宝物をいただきました。出会いと別れを繰り返すのが人生ですが、これならば、マキャベリ的には、一番大事な「愛情の絆」を残した満点の別れ方とも言えるでしょう。別離の悲しみはぬぐえませんが、彼の健闘を祈りつつ、いつか「やっぱり残ってればよかった」と言わせるように、いてくれる子どもたちに、仲間と全力を尽くしたいと思います。

花まる学習会代表 高濱正伸