高濱コラム 『心の強い人に』

『心の強い人に』2016年1月

2015年が終わろうとしています。よいこともつらいこともありましたが、人の「心の弱さ」について考えることが多い一年でした。
 日々1ページずつの宿題を毎日やれずにためてしまう子がいる。やらねばならないことはよく分かっている。けれどなぜか逃げてしまい、結局ためてやることになる。親から褒めてなどもらえないし、自己像が小さい人に育ってしまう。成績の伸びない中学生がいる。勉強量をこなせばできることは分かっている。計画も立てている。だけど、いざ実行となると、取り掛かることができず時間だけが過ぎる。結果、人生の分岐点である定期試験で、ズリズリとポジションを下げていく。娘の子育てに悩むお母さんがいる。上の子に言い過ぎてしまう自分を、いけないと思っている。だけど、その子を目の前にすると、どうしてもひどいことを言ってしまう。当然、関係も改善されないし、娘には問題行動が起こる。仕事で規範が守れない人間がいる。時間や日報の提出期限を守ることの大切さは頭ではわかっている。けれど、ついつい遅刻し、ついつい未提出にしてしまう。振り回される周囲の人間は大迷惑だし、本人も出世の可能性を自ら閉ざしていく。

「性善説」でも「性悪説」でもなく、人の本質は「性弱」なのではないかと思うことが、よくあります。上にあげた例はすべて「分かっちゃいるけどやめられない」「分かっちゃいるけどやってしまう」ケースですし、それはほとんどすべての大人たちにも共通する弱点です。「ちょっとくらい」と路上駐車してしまう人やタバコのポイ捨てをする人などが典型ですが、捕まらない程度にモラルを逸脱する人は大勢います。刑務官をやっている友人が、犯罪まで犯してしまった人たちのことを、「ふつうですよみんな。ただ弱いんですよね。」と言っていました。欲望に負けて、一瞬の「心の弱さ」で、一生を棒に振ることもある。程度は色々ですが、人生は心の弱さとの戦いの連続だとも言えます。

もちろん、ここで言いたいのは「我が子たちを『心の弱さ』ゆえに転落したりしない人に育てたい」ということです。教育関係者の集まりでも、いつもテーマは「たくましさをどう育てるか」という話になります。仕事についてもすぐにやめてしまう若者、理不尽や価値観の違いを乗り越えられない大人が、周りにたくさんいるからです。優秀も大事だが、心の強さというテーマが最大の課題という時代なのでしょう。どうすれば、強い人に育てられるでしょうか。
 現場でたくさんの子の育ちを見てきた者として言えるのは「しなさい」ばかり押し付けられた子は伸び悩むということです。強い側に回っていく子たちの子ども時代の特徴は「主体性」だと思います。自分が走りたいから走る。好きだからパズルにのめりこむ。自分で決めて楽しめる。そういう土壌がまず大事。その上でさらに強く育てるにはどうすればよいでしょう。
 参考になるのは、現実に社会で成功している人たちです。育った環境も様々で唯一の正解はありませんが、一つ言い切れるのは「苦労した人は強い」ということです。すなわち、「艱難汝を玉にす」ということ。心の負の状況の経験とその乗り越え体験をすることによって、がっくりきた自分を俯瞰してコントロールできる力がついていく。落ち込んだ気持ちに支配されて自暴自棄になったりしない。傷ついた心を上から眺めて「大丈夫何とかできる」と思える。逃げても、うじうじしても、愚痴を言っても、人を中傷しても、何も生まれないし良いことは起きないと芯から思える。そういう強さです。

ところで自分はどうかなと振り返ってみると、主体性は確実にありましたが、心はひ弱だったと思います。苦労の足りないボンボンの脆弱というのか、特に高校くらいからの青年期は、今は音楽、今は本、今は女性、今は落語、今は博打と、そのときどきの欲望に完全に負けて他のことができなくなり、結果、三浪四留の脱線人生になってしまいました。母は、息子が元気でさえいればいいという人で、いちいち口出しはしませんでしたが、結婚のときに妻に「本当にうちの息子でいいんですか」と聞いているのを見て、「そういうふうに見てたんだな」と思ったことがあります。
 そんな私が多少とも強くなれたのは、息子が生まれハンデを背負っていると分かってからです。堪え性のない放蕩人生にパンチを食らいました。自力ではちっとも強くなれなかったのに、息子の存在が変えてくれました。自分のためには変われない弱い人間も、誰かのためには変われる、という一例でしょう。思うに、古今東西父親たちは、そうやって変身していったのかもしれません。「身を固める」という言葉が重みを持ちますし、何歳になっても、人のためになら強くなれることがあるという事実は、救いではないでしょうか。

さて、先月「お父さんたちは変わってきている」ということを書いたところ、結構な反響がありました。先生はどうなんですかと聞かれたので、直近のエピソードを紹介しましょう。11月末に、妻の大好きな韓流スターのコンサートに同行してきました。1万人くらいいたでしょうか、ほぼ全員が女性の中で、「後ろの人、見づらいだろうなあ」と気になり肩身の狭い時間でしたが、楽しかったですし、女心を鷲掴みにするスターの発言や振る舞いは勉強になりました。
 終了後、海浜幕張駅まで手をつないで歩いていると、天にはオリオン座。また冬が来るんだな、今年もまあ何とか生き抜けたかなと思いながら、夜空を見上げたのでした。

子どもたちを、心の強い人に育てましょう。
 どうぞよいお年をお迎えください。

花まる学習会代表 高濱正伸