Rinコラム 『「上手だね」「これは何?」を使わない』

『「上手だね」「これは何?」を使わない』2019年7月

 ある野外ワークショップにて、初めて絵の具を使った2歳の女の子がいました。彼女は色彩の変化に感動し、色と色を混ぜることで別の色を作りだす実験を繰り返し、さらに絵の具のどろっとした質感を手で触り、五感全部を使うことに集中していました。
「この色も試したくなったんだね」「すごいね、混ざるとこんな色になったね」「次はどの色にする?」
 私がそんな声かけをしながら見守っていると、お母さんはうれしそうに写真を撮りながら、こう声をかけました。「それは何なの?」「何を描いてるの?」「ぞうさん?うさぎさんなの?」問いつづけるお母さんに、女の子はぽかんとした表情を浮かべます。
 大人は、「具体物を本物そっくりに」描いた「上手な」絵を求めがちですが、子どもはそんなことを目指して描いてはいません。
 そのときにやってみたいように手を動かして、感じたままに描いていく。描く絵が具体物である必要はないのです。作品は、探求や実験の結果であり、その瞬間のこころが赴くままに表現されたもの。
 けれども、もしもお母さんが、「それは何?」と問いかけつづけたとしたら、どうでしょう。
 おそらくその子のこころの中に、「何かである必要があるのだろうか?」という疑問が芽生え、お母さんを喜ばせたい生きものである子どもたちは、「お母さんが求める、何か上手なもの」を描かなくてはならない、という価値観に縛られていきます。
 大人の考える「上手な」何か。それは、子どもたちから、「自由な表現」を奪ってしまいかねない恐ろしい呪いのようなものになるかもしれないのです。
「作品を(その過程を含めて)おもしろがるこころ」で、「あなたのことを知りたいという気持ち」で、お母さん自身がどう感じたのか、それを言葉にしてあげてください。子どもたちは、大好きなお母さんに楽しさをわかってもらえたという、うれしい気持ちでいっぱいになるはずです。
                  『こころと頭を同時に育てるAI時代の子育て』より
井岡 由実(Rin)