花まる教室長コラム 『大丈夫だよ』高橋大輔

『大丈夫だよ』2023年1月

 一年生Aくんの連絡帳に、お母さんより「仕事を始め、わが子とかかわれる時間が短くなってしまった」ということが書いてありました。以下、掲載のご了承をいただいた連絡帳の一部を抜粋します。

 一日があっという間に過ぎてしまい、子育てがおろそかになっていないかなど不安になることも…。そんなときに、Aの作文を読みました。「書いてくれたの?」と聞くと「うん、いつもありがとう」と私のことをギュッと抱きしめてくれました。
 連絡帳に記入ができないでいると「ママ、大丈夫だよ」と言ってくれます。私が家に帰るのがギリギリなので、行きは花まるまで自転車で行って降ろすだけになってしまっても「大丈夫だよ」と言ってくれます。駅から花まるまで歩く道が大好きだったのに…。たくさんの「大丈夫」をもらい、私も家族に支えられているんだなー、と心が温かくなります。

 年中コースの頃からAくんをお預かりし、はや三年。成長を間近で見てきました。常にAくんとともにあったのは、お母さんの存在です。連絡帳を通じて、Aくんが気づいたこと、感じたこと、話したこと…たくさん教えていただきました。まさに成長日記と言えます。本来であれば、お母さんとAくんだけの世界ですが、そこに少しだけお邪魔させてもらった気がしています。そんな「以前」を知っているからこそ、「連絡帳に記入ができない」というお母さんの葛藤が痛いほど伝わってきました。
 一方のAくん、今回の連絡帳の前日譚があります。それは、遡ること一か月ほど前。教室到着時から俯きがちで、目を合わせようとしない日がありました。明らかに様子がおかしいのです。宿題である「あさがお・サボテン」という教材を頑なに出そうとせず、ついには机に伏して固まってしまいました。ふと教室の外に目をやると、お母さんが心配そうな顔でこちらを見ています。すぐさまお母さんに話を聞くと「あさがお・サボテンの丸つけができなかった」とのこと。Aくんのところに戻り、カバンから冊子を取り出します。確かに丸つけの跡はありません。すると、Aくんはパッと顔を上げ、冊子を掴み、泣きじゃくりながら「丸つけしてほしかったのに…!!」とお母さんにぶつかっていったのです。お母さんが仕事を始め、忙しいことはわかってる。ただ…ただ…それでも…。グッと我慢していたものが堰を切ったように溢れ出しました。そこからは何も言葉にはならず、お母さんの腕の中で泣き続けていました。これはAくんにとっては大きな一歩。抱えきれない想いをついに吐露することができたからです。Aくんの背中をさすりながらお母さんが言いました。「お母さん、大丈夫だよ。これからは丸つけもできるよ」と。
 そう、連絡帳に記されたAくんの「大丈夫」の前に、お母さんからAくんに届けた「大丈夫」があったのです。「わかってはいる、でも…」という言葉にできない想いを氷解させたのは、紛れもなくお母さんの一言です。想いを受け止めてもらったあの瞬間、明らかにAくんの心は変わりました。
 話は戻って、お母さんからの連絡帳。こう締めくくられていました。
「帰りはゆっくり歩いて帰りたいと思います」
花まるから家までは歩いて15~20分程の距離。Aくんとお母さんにとっては、何ものにも代え難い時間です。当たり前だと思っていたことは当たり前じゃない。いろいろな想いがあって、その当たり前がつくられているのだと、いまさらながら気づかせてもらいました。
 そんな時間を経て、Aくんの想いの詰まった「作文」をこちらに紹介します。お母さんが連絡帳で言及している作文です。

ままいつもありがとう
いつもいろいろありがとう。ごはんもおいしいです。せんたくや、おそうじありがとう。おかげでおうちはきれいです。ほんとにありがとう。

 環境が変わり、かかわり方が変わっても、相手を想う気持ちは不変です。たとえボタンを掛け違ったとしても、心と心が重なり合えるきっかけがあれば、きっと大丈夫。教室がそんなきっかけを生む場となるように。そんな願いも込めてこのコラムを届けます。

花まる学習会 高橋大輔